残業、休出

 10〜20年前のこと。当時の私は既にうつ状態が続くことが多く、ろくな業績もあげられずにいた。

 そんな私に、当時の上司がことある度にこう言っていた。

「お前は残業もしないし、休日も出てこない。一体、やる気あるのか!?」と。

 確かに上司よりも遅くまで残って仕事をすることは、ほとんどなかった。私が職場を後にするのは、早ければ19時、20時。大抵は21時、22時。23時、24時頃まで粘っても、その上司より後まで残業するのは難しかった。そして、躁転した私が朝の6時、7時に出勤しても、やはり上司の姿はそこにあった。


 休日は、仕事も溜まっているが妻といる時間も大切にしたい。だから、休日は仕事を持ち帰って、家でするようにしていた。時々、資料を取りに職場に行っても、その上司はいつもそこにいた。だが、大抵上司の姿はそこにあった。


「お前は残業もしないし、休日も出てこない。一体、やる気あるのか!?」
と言う言葉は、未だに私の頭の中で響き続けている。うつ状態で職場にいてもまったく仕事にならないので18時頃に帰る時はもちろん、躁状態で無駄に残業して21時、22時頃に帰る時も。もちろん、休日に自宅で仕事をしている時も。未だに強迫観念から抜け出せずにいる。


 1、2年ほど前、このことを今の上司に相談してみた。すると、
「君はあの人のようになりたいのかい?君とあの人は、別の人間だろう?それに、一時、あの人の家庭は崩壊寸前だったんだぞ。聞いていないかい?」
確かに、家庭崩壊の話しは想像していたし、噂にも聞いていた。


 この話しを聞いてから、ずいぶんと残業や休出をしないことに対する罪悪感が減った。そして、ON/OFFをきちんと切り替えようと考えるようになった。


 しかし、妻も私の勤務時間の短さを気にしている。鬱だといっては遅くに出勤し、早くに帰ってくる。日中も睡魔との闘いに精一杯で、ろくに仕事もしていないだろう。だから、それを埋め合わせるために、休日も仕事をした方が良いのではないか、と。そして、実のところ私自身もそう感じてはいる。


 今朝のこと。妻が私にこう訊いた。
妻「今日は仕事、いかないの?」
私「休日には、仕事をしないことにしている」
妻「じゃあ、平日は?」
 妻は冗談で、「平日も、仕事に行っていないのと同じでしょ?」と言いたかったに違いない。私も冗談で「平日も、仕事をしないことにしている」とでも返せばよかったのだろう。
 だが、今もなお耳に残る「残業も休出もしない」という言葉を聞くと、激しい罪悪感がわき上がってくる。強い焦燥感に襲われ、妻にも物にも当たり散らした。


 しかし、妻の心配もよく分かる。私は未だに残業、休出に関する話題になると、強烈な罪悪感に駆られることを妻に告げた。トラウマという奴だろうか。すると妻も、「ごめんね」と謝ってくれた。


 ただ、妻の懸念は単なるON/OFFの使い分けでは解決しないだろう。私の懸念も。やはり、帰宅後も少しの間だけON、土日のどちらか1日ぐらいONの方が良いかもしれない。
 妻が続けて次のようなことをいった。「仕事が溜まっているのは心配だけど、休みの日には一緒に過ごしたい。だから、家で仕事しなよ。私にできることがあれば手伝うから」と。確かに私も、その方が罪悪感も減るし、仕事も幾分かはかどる。


 そんなわけで、帰宅後や休日も、できそうなら時にはちょっぴりスイッチONにしてみようと思う。
 それとも、私の考えが甘すぎるのだろうか…

 余談だが、今は休日に職場に行っても、上司の姿があることはごく稀だ。そんなことも、私にとっては精神衛生上、好ましい。