同僚による書類作成の代行

 ここ一か月近く、躁君はなりを潜めているのだが、逆に、うつ君が勝手放題に暴れ回っている。
 毎日10〜15時間に及ぶ過睡眠、仕事中の睡魔、無気力症に疲労感。
 そして、近頃は理解力、思考力の低下も甚だしい。主治医に訴えたところで、「今までもずっと経験してきた、うつ状態の典型的な症状やないか。病状が改善すれば治るから、それまでの辛抱や」と、いつもの返答。

 昨日は酷い。簡単な書類10枚程度を作成するのに、朝から夕方まで一日中パソコンの画面とにらめっこし続けるが、一枚も片付かない。やむなく、「三枚の御札」のような薬を飲んで、ようやく3枚程度を書き終え、くたびれきって帰宅。何の仕事もしていない。

 また、アルバイトさんに作業をお願いしようとしたが、「540÷20=?」の小学生レベルの暗算が出来ない。アルバイトさんを前に、別のことを考えているふりをしつつ、30秒ほどかかってようやく答えを導いた。

 今日などはもっとひどい。昨日とは別の提出書類に、自分の年齢を記入する欄がある。「はて?まだ40だったか、41だったか?あるいは42か?さすがに43では無いはずだが…」と頭を抱える。仕方なく、同じ生まれ年の妻に電話して教えてもらう。うつ状態のせいだか何だか知らないが、あまりにも酷すぎる。

 こんな私の病状を知ってか知らずか、昨日書きかけていた書類の担当である同僚がやってきて、「書類、作っておきますね〜」の言葉を残して去って行った。そして、しばらくの後、再び現れ「書類、出来たんで、印鑑下さいね」と、昨日一日、私がなすすべも無く途方に暮れていた作業を片付けてくれた。印鑑を私の手に返し、「ありがとうございました〜」の言葉と共に、部屋を出て行った。彼に「ありがとうございました」などと言われては、私はどんな言葉を返したら良いのだろう。「こちらこそ、ありがとうございました」との言葉をありきたりに発しつつ、しかし、胸中では大きな声で、何度も繰り返して彼の背中に投げかけた。

 彼は常日頃から仕事が速く、また、非常に気の利く男だ。もしかすると彼としては、提出されるべき書類が速やかに提出されずに自分の仕事が滞るのを嫌ったと考えることもできなくは無い。だが、私には彼のサポートが、それだけの理由によるものとは思いがたい。

 先に、「私の病状を知ってか知らずか」と書いたが、日頃も私は持病のために、彼はもとより、職場の数多くの方々に迷惑をかけまくっている。彼も私の持病を知らぬはずは無い。

 さりげなく、まるでそれが当たり前のことかのように、書類の作成を代行してくれた彼の優しさと思いやりに、どうすれば報いることができようか。彼ばかりでは無い。同じ職場の多くの方が、足手まといとも言える私を、陰に日向に優しく支えて下さっている。長い間、私はそれを申し訳なく、身の置き場が無いように感じてきた。

 だが、近頃は考え方が変わってきた。私のコンディションは、まだ、フル稼働にはほど遠い。だが、調子の良い時を狙って、少しは某かの仕事らしきことをこなせるようになってきた。時には自分の年齢さえ分からなくなるにしても。それに、かすかにではあるが、長いトンネルの出口が、ちらほらと見え隠れし始めた気がする。

 私のことを支えて下さっている、多くの皆さんへの恩返しの方法。それは、私が早く持病を緩解し、まともに仕事が出来るようになること。成果を残せるようになること。そうすることで、皆さんに「ずいぶん長いことかかったけれど、あいつにはずいぶんと手こずらせられたけれど、どうやら手助けしてやった甲斐があったようだな」と思ってもらうこと。これが、私に出来る最善の恩返しの方法ではなかろうか。そんな風に思えてきつつある。

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 だが、いくら格好いいことを言ってみたところで、一日に書類3枚と「540÷20」だけとは酷すぎる。やはり、給料泥棒との誹りは免れないし、自分でも情けない。非常に焦る。

 上の文章は、8割が多くの方への感謝の気持ちに報いたいとの気持ち。残りの2割は、今なお脆い自分を鼓舞するための、また、何をなすべきかが分からなくなった時に読み返すための覚え書き、と言ったところか。