辞表

 私は双極性気分障害を患っている。しかし、一生付き合うこの生涯を「病気」と思うと気が重くなるので、しばらく前から「躁うつ君」と呼ぶことにしている。
 さて、薬物療法、心理カウンセリング、私の相談に乗って下さる方々、そして陰に陽に私を支えて下さる数多くの方々のお陰で、かなり躁状態は落ち着いてきたようだ。薬の力を借りているとは言え、躁転しても4〜6時間程度の睡眠が確保できるようになった。主治医によると、「躁うつ君」と仲良くなっていく人の多くは、まず躁状態が次第に治まり、その後、うつ状態が治まっていくという。躁状態でのエネルギーの無駄な消耗が無くなり、その反動としてのうつ状態も軽くなっていくらしい、との説明である。私も近頃は、躁でもうつでも無く、心身ともに比較的よい感じの日が増えてきたようだ。睡眠時間も6時間程度で、目覚ましが鳴る前に自然に目が覚める。寛解が見えてきたかな、と感じていた。

 しかし、まだうつ君のしつこい攻撃は治まっていないようだ。1週間ほど前から夜の睡眠時間は10〜12時間、加えて日中の居眠りだ。数名の方にはうつ状態により過眠症となることは伝えてあるが、知らない人から見れば、単に気がたるんでサボっているようにしか見えないだろう。実際、自分でも呆れるほど、よく眠れるものだ。
 「寝過ぎるから眠いんだよ」と言われることもある。 しかし、よく調べたわけでは無いが、睡眠の長さでは無く、ノンレム睡眠レム睡眠、これらと起きるタイミングが大きく影響しているという説もあるようだ。ノンレム睡眠レム睡眠の周期は約90分という。私も、自然にスッキリ目覚めた時は6時間とか7時間半とか、90分の倍数になっているようだ。
 週末にも生活のリズムをくずさないように、と6〜8時間の睡眠時間で起きるようにしてみるが、やはり日中激しい睡魔に襲われ、気がつくと居眠りをしている。結局、1日の睡眠時間は合計10〜12時間となってしまう。
 
 さて、一週間ほど前から、久々にこの、うつ君の「眠れ、眠れ」攻撃がやって来た。過眠症による早寝遅起きと日中の睡魔との闘いが始まった。睡眠時間がやたらと長くなる上、起きている時も頭がボーッとしているか、居眠りをこいているか。まったく使い物にならない。半人前以下、いや、4分の1、あるいはそれ以下の働きしか出来ていないだろう。業務の足手まといにしかならぬ、まさに給料泥棒だ。私が在籍し続けることで、私などよりも遙かに優秀な人材の採用の妨げになっているやもしれぬ、と考えると、身の置き場所が無い。
 
 そんな思いから、辞表の提出も幾度となく考えた。いや、今でも考えることは少なくない。

 しかし、今、職を辞したところでどこにも行くあてはない。妻との二人暮らしとはいえ、その妻を養っていかねばならぬ。そして、その妻は乳がんを患ってしまい、多額の医療費が必要となった。今、路頭に迷うわけにはいかない。

 間違いなく、多くの企業では、すでに私の席は無いだろう。しかし、ここではこれほど使い物にならない私を首にせずにおいてくれている。何故だろうか。
 
 詳細は分からないが、恐らく、組合が強く支えてくれている部分も大きいのだろう。
 しかし、首にせずにおいていただいている理由を、自分にとっての言い訳の意味も含め、次のように考えて辞表を出すことをとどまることにしている。

 「病気で業務遂行能力が低下しているのは仕方が無い。だが、寛解した暁には、今までの分も含めて頑張ってくれよ」と、何とも有り難く、温かい気持ちで支え、見守って下さっているのだろうと。
 病気が寛解したからと行って、今までの空白をすべて挽回できるはずも無いが、こんな暖かい企業の中で自分がなすべきことは、なるべく早く躁うつ君と仲良くなり、私を首にせずにおいてくれている企業への恩返しをすること。そして、陰に陽に私を支え、応援して下さった方々への恩返しをすることに他ならないと思えてきた。
 
 したがって、今、こんな中途半端な状態で辞表を提出することは、上記のような思いやり、支援、応援に対して、恩を仇で返すことにつながるだろう。私が今更辞表を提出したところで、喜ぶ人はあまりいないのかも知れない。
 
 そうとなれば私が取る道は一つ。辞職などという、つまらぬ逃げ道に逃げ込むのでは無く、早く躁うつ君と上手に付き合えるようになり、自分なりに、自分なりの仕事が出来るようになること。これこそが、今の自分に課せられた最大の課題だと思えてきた。

追記
 こんな駄文を書いている暇があったら、さっさと仕事をするべきかも知れない。だが、書くことで頭の中を整理し、雑念を追い払った方が仕事に集中できると思い、敢えて頭の中のごちゃごちゃした思いを書き付けてみた。
 
追伸
 再び辞表を出そうなどと考えているかもしれない私へ。
 「辞表」のキーワードでこの日記を読み返したまえ。
 (って、ここに書いても仕方ないかな?デスクトップの付箋からジャンプできるようにしておいてやるか。我ながら、世話の焼ける自分だ。)