何はともあれ「ありがとう」

 家事が、とりわけ掃除が大嫌いな妻に、「今日は洗面台を磨いておいてね」と言って出勤した。

 帰宅すると、確かに洗面台の内側は、多少、朝よりきれいになっているように見えた。一応の努力はしたんだな。

 だけど、内側の上の方とか縁の部分、蛇口のつけ根にはまったく手を付けた形跡がない。思わずこう言ってしまった。

私「洗面台、磨いておいてって頼んだはずだぞ」
妻「だから、磨いてあるでしょ」
私「あれじゃ、磨いたなんて言えないぞ」

 後で気がついた。仕事が不十分でも、「あ、ちゃんと磨いておいてくれたんだね、ありがとう」こう言ってやるべきだった。

 妻としては、きちんと磨いたつもりだが、私にとっては満足できない結果。だから、真っ先に「こんなんじゃ、やったうちに入らないだろう」と思ってしまった。

 だが、妻としてはどうだろう。「ちゃんと言われたとおりに磨いておいたのに、文句を言われるなんて。ふん、そんなこと言うんなら、もう磨いてなんかやらないよ」こう思ったに違いない。これでは妻の掃除嫌いにますます拍車がかかる一方だ。

 私としては仕事のできばえが大いに不満であっても、ある程度はやってある。まったく何もしなかったわけではない。とりあえず、一定の努力はしたということを、評価すべきだったのだ。

私「洗面台、ちゃんと磨いておいてくれたんだね。ありがとう
妻「うん。やっておいたよ」
私「寒いから、水も冷たかっただろう。ありがとね
妻「うん、別に大したことなかったよ」あるいは「うん、ホントに冷たかったよ。しもやけになるかと思った」(どちらの答えもあり得る)
私「あ、バケツにお湯でも汲んで、それでスポンジを絞ったり、洗い流せばよかったかな」
妻「そうかもね」
私「あれ?この辺、ちょびっと汚れが残ってるな。こうやってチョイチョイ、と磨けば(磨いてみせる)もっときれいになって、気持ちいいじゃん。ほら、大したことないだろ。次はこの辺も、よろしくね」

 こう上手く行くかどうかは分からない。だが、満足できなくても、やっておいてくれたことに感謝して、何はさておき、まずはこう言おう。「ありがとう」と。