悟るために考えるべきこと

 中村光の『聖☆おにいさん』の理解を深めるために、手塚治虫氏の「ブッダ」を読んでいる。

 冗談である。そうではない。
 かねてより読みたいと思っていた手塚氏の『ブッダ』を、中村氏の『聖☆おにいさん』の中で「ブッダ」が感激しながら読んでいたのに触発されて、手塚氏の『ブッダ』をヤフオクで購入し、読み始めた。ええい、我ながらややこしい。

 その中で、史実や伝記ではどうなっているのかは分からぬが、ブッダがダイバダッタに対して、悟る方法について語った言葉より(『ブッダ』愛蔵版 全8巻セット、潮出版社。第5巻 鹿野園 第4章 危難、p.214〜215)。

どんな仕事をしていようと どういう身分であろうと 悟ることができるのだ
いつも つぎのことを 考えなさい
いま 自分は 何をしているのか
自分のしていることは 自分にとって 大事なことなのか
人にとって 大事なことなのか
そして 大勢の人にとって 大事なことなのか!
国じゅうの人にとって 大事なことなのか
世界の人にとって 大事なことなのか
この自然にとって あらゆる生き物にとって大事なことなのか よく考えなさい
そして もし そうでないと思ったら やめるがよい
なぜなら この世のものは みんなひとつに つながっているからだよ

 これを読んで、近頃の自分は「何かをしなくては」と焦るばかりで、その「何か」について考えることが不足しているように感じさせられた。また、それが「何にとって大事なことなのか」についても。

 色々と考えさせられる言葉である。何をどのように考えさせられたのか、単純なようで複雑なようで、俄には上手く書き記せない。
 ひとまず備忘録として、ここに書き記しておこうと思う。