乳がんの治療と笑顔での励まし

 妻が乳がんの治療中だ。化学療法の副作用で、髪がほとんど抜けてしまった。これだけでも、精神的なダメージは大きいだろう。

 化学療法はがん細胞の細胞分裂を押さえ込むためのもの。これが、がん細胞だけで無く、通常の細胞分裂まで止めてしまう。そのため、毛根の細胞分裂も止まる。だから、化学療法が終われば、髪の毛だって戻ってくるはずだ。

 昨日が最後の化学療法だった。来月には腫瘍を摘出するための手術だ。手術後はホルモン療法によって「偽閉経」の状態にするという。だが、年齢的に「偽」でない方がやってきてもおかしくは無いだろう。副作用は、更年期障害の症状とほぼ同様だという。いずれは通る道。早めに通り過ぎるのか、2度通ることになるのかは分からない。いずれにしても、本人にとっては辛いだろうが、その辛さが化学療法ほどでは無いことを祈りたい。

 妻は、手術そのものに対しては、さほど恐怖感を持っていないようだ。検査の結果、「ホルモン療法が効きやすい体質」と言われているので、その点も、安心材料と言えよう。

 だが、妻はリンパの切除による後遺症を心配している。そして、それ以上に転移に対する不安が大きいようだ。

 あまりよく勉強はしていないので、生半可な知識だが、乳がんに関する書籍やウェブサイトなどを見ると、確かに、術後の生存率は100%とは書いていない。どういうケースなのかは分からないが、かなり低い値も見受けられる。

 治療を開始した時点では、リンパへの転移は無いから心配要らないと言われてはいる。しかし、手術で腫瘍を切除しても、がん細胞は体内から完全に無くなるものでは無いらしい。だからこそ、ホルモン療法で「がん細胞のえさ」になる物質(女性ホルモンそのものだったか?)を与えないようにする。また、がん細胞が侵入する際の上陸地点である「センチネルリンパ節」を、手術で除去するということらしい。

 そんなわけで、主治医は心配要らないと言うし、私もそれを信じたいが、妻の不安を払拭するのは難しい。私に出来るのは「大丈夫、先生も大丈夫だと要っているのだから、それを信じようよ」という声をかけてやるのが精一杯である。

 しかし、ここでもう一つの問題が残っている。私のうつ状態。先日、辞職を考えた時ほどの酷い状態からは抜け出すことが出来たが、まだ、すっきりと抜け出したわけでは無い。この状態では、人に笑顔を見せるのが、非常に難しい。妻も、笑顔で私に「大丈夫だよ」と言われれば心強いだろうが、落ち込んだ顔で「大丈夫だよ」と言われても、大丈夫とは思えなくなってしまうだろう。

 以前、うつの時に、いかしてに笑顔になるか。あるいは、うつを抜け出すために、笑顔が有効であるかと言うことを知人が教えてくれた。まずは、「営業スマイル」でもいいから、笑顔を作ってみようと。

 このことを思い出して、自分の不景気な顔を笑顔にするべく、頬や口元の筋肉を引き上げてみた。しかし、練習不足だろうか、なかなか思うようには笑顔が作れない。「営業スマイル」を作ってみた顔を写真に撮ってみたが、非常に不自然だ。しばしば、思い出しては挑戦しているのだが、なかなか難しい。頑張っているうちに、頬の筋肉がピクピクと痙攣してきた。反動で、却って不景気な顔になってはいないだろうか。

 妻と、共通の楽しい話題について話している時は、少しはマシなのだろうか。野球とか、フィギュアスケートとか。

 自分の毎日が過ごしやすくなり、妻も安心して楽しく毎日を過ごせるようにしたい。「営業スマイル」でいいから笑顔を作る。笑顔になることで、うつから抜け出す。うつから抜け出すことで、自然と笑顔になれる。この、好ましい循環を早く自分のものにしたい。

 誰も見ていないところなら、顔の筋肉が少々引きつっても大丈夫だ。表情筋を鍛えて、なるべく早く、うつとおさらばしよう。そして、妻を安心させてやろう。

 それにしても、感情と表情との関係とは、何と驚くほど密接なのだろう。躁状態が激しかった時には、何も意識していないのに、歩いていると顔がにやけてしまっていた。端から見たら気色悪いだろうと、表情を抑えるのに必死だった。躁状態うつ状態の気分や症状、思考パターン、これらを足して2で割った状態に落ち着けば、どんなに楽だろう。緩解すれば、そんな状態に近づくのだろうか。

 おっと、こんなところで自分の病気の愚痴を言っても始まらない。笑顔の練習に励むとしよう。